大阪・関西万博いのちの未来館の共創プロジェクトに、デンソーデザインが参画し、3つのプロダクトの考案に携わりました。プロダクトの一つ、バブルリンクはバーチャル世界をわかりやすく、自由自在に移動するためのバーチャルモビリティです。仮想と現実をなめらかにつなぐ、未来の移動のあり方を提示するとともに、その価値を体感できるコンテンツの開発を行いました。

今回の話し手は下記三名です。
大井彰洋:サーマル事業部に所属し、共創プロジェクト発足当時から参画するコアメンバー
宮井智尋:デザイン部に所属し、共創プロジェクトの後半、共創プロダクトの具現化フェーズより参画
飯田航成:先端技能開発部に所属し、プロダクト考案アイデアソンとサテライト展示向け開発に参画
―まず、いのちの未来館共創プロジェクトについて教えてください。
大井:
大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン「いのちの未来」館(通称・石黒館)は、ロボット研究の世界的権威である石黒浩先生がプロデューサーを務める、未来の「いのち」を問いかけるパビリオンです。
本プロジェクトでは石黒先生からお声がけをいただき、デンソーはシルバーパートナーとしてリアルパビリオンやバーチャルパビリオンの展示企画や構想検討に参画しました。
「いのちを拡げる」という事業テーマのもと、技術を通じて「50年後の社会」を見据えたモビリティ(移動に関わる技術や仕組み)のあり方を考える役割を担いながら挑みました。

―「いのちを拡げる」とは、どのような考え方なのでしょうか。
大井:
技術が進化した未来では、便利で快適な選択肢が増える一方で、本当に人の心を動かす体験とは何かが問われると思います。
石黒先生は、未来は人が作り上げていくという信念のもと、良い技術を未来に手渡すことで人類に貢献したいとお考えでした。
そこで、デンソーには「移動」という切り口から「いのちの可能性」をどう拡張できるかを考えてほしいというミッションが与えられました。
そんな検討を重ねるなかで生まれたアイデアのひとつが、このバブルリンクです。

―スピンオフ展示「2075年のくらし展」について教えてください。
宮井:
万博会場内のギャラリーEASTで、いのちの未来館の共創ミーティング参加企業7社が、各社の取り組みを紹介する映像放映やワークショップ等を開催しました。デンソーは「バブルリンク」の体感展示を行いました。

―あらためて、バブルリンクとはどのようなコンセプトのプロダクトなのでしょうか。
宮井:
バブルリンクは、バーチャル空間での移動を楽しんでもらうことを目的とした、バーチャル向けのモビリティです。
将来、小型のVRヘッドセットなどを使って現実とバーチャル世界を頻繁に行き来する時代が来たときに、リアルからバーチャル世界にどのように移動するのか、そしてバーチャル世界での移動をどう体験してもらうかを考えて設計しました。
シャボン玉のようなバブルに包まれて移動し、割れると次の空間に到着するという直感的でわかりやすい仕組みが特徴です。
―シャボン玉という表現には、どんな狙いがあるのでしょうか。
宮井:
未来では、思い立った瞬間に今いる場所から、バーチャル世界へ入れるようになります。
しかし、多くの人にとってそれはあまりに唐突で、現実との切り替えが難しく感じられるかもしれません。
そこで「バブル(シャボン玉)」のメタファーを用いました。
シャボン玉の膜・スクリーン越しに世界を見るので、「ファンタジーな世界が見えている」と自然に感じられるようになりますし、現実に戻ってくるには、バブルを割ったりなくしたりすればよいのです。
また、 バーチャル空間は自由自在に移動できるからこそ、仲間とはぐれてしまうことがよくあります。そこで、複数人で一緒にバブルに包まれることで「誰かと一緒に移動できる安心感も持たせたい」と考えました。
―では、デンソーがこの取り組みに挑戦した背景や狙いも教えてください。
宮井:
デンソーは自動車部品メーカーですが、本質的には「移動」に関わる会社です。
コロナ禍を経て、実際に移動しなくても成り立つようなシーンが増え、バーチャルでの移動需要が今後さらに高まると感じたんです。
バブルリンクは、単なるバーチャルコンテンツではなく「移動とは何か」を再定義する試みと考えています。モビリティや移動に特化したバーチャル体験は、これまであまり例がありませんでした。デンソーがそこに挑戦することに意義があり、未来の移動を考えるきっかけを社会に投げかけられている点でも手応えを感じています。
次の映像は、いのちの未来館の中で、バブルリンクが実際に登場したシーンです。

―バーチャルな移動を行うモビリティへ取り組むモチベーションや、個人的な想いについて教えてください 。
飯田:
VRに強く惹かれはじめたのは、高校時代に経験したコロナ禍でした。当時は人との関わりが制限され、移動そのものが奪われたような感覚がありました。だからこそ、「このまま高校時代を終わらせたくない」という気持ちが芽生え、自然とバーチャルの世界に可能性を見出すようになったのだと思います。
そうした経緯からVRが本当に好きになり、今では個人でもAppleVisionPro(AVP)を購入するほどです。VR技術をもっと普及させるために、まずは社内からこの面白さを広げていきたいとも考えています。

大井:
私はサーマル事業部に所属しており、バーチャルとは縁の遠い分野にいたのですが、万博をきっかけに検討チームに参画しました。
デンソーはしがらみが少なく、新しいことにチャレンジしやすい環境です。個人的には専門性の高い領域を学ぶこと自体がとても新鮮で、日々面白さを感じていましたね。
バーチャルは重力などの物理現象を度外視して設計できることが強みですが、一瞬で移動する仕組みに違和感を覚える人は多くいます。そうした課題と向き合って、「移動」という概念を改めて捉え直す今回の取り組みに、大きな意義を感じました。
宮井:
私がバーチャルの面白さに注目し始めたのは2018年頃からでした。
様々なワールドをめぐる中で、ワープのように一瞬で目的地に着く体験は夢のようである一方、「速いだけの移動では物足りない」と感じる人も意外と多くいるのではと感じていました。バーチャルの世界でも、「移動そのものを楽しみたい」「誰かと一緒に移動する実感がほしい」といった思いが、バブルリンクの発想につながっています。
―「速さ」や「快適さ」とは違う価値を重視したのですね。
大井:
移動というと自動運転のように楽で安全な方向に目が向きがちですが、それだけでは人の心を動かせないのではと考えたんです。
石黒先生との対話のなかで、すべてが自動化され、何もしなくても完結してしまう未来が本当に人をワクワクさせるのか、という問いを投げかけられたことも大きかったですね。
便利さだけを突き詰めるのではなく、自分が動いている実感や、次は何が起こるんだろうという期待感を大切にしたい。そうした考えから、いくつかのプロセスを通して生まれる楽しさを大事にしました。
シャボン玉に包まれて少しずつ次の空間へ向かうという表現は、その象徴でもあります。
―AVPを使ったバブルリンクのVR開発では、どのような点に苦労されましたか。
飯田:
今回の開発で大きかったのは、AVPを使った体験設計(UX設計)です。
AVPは高画質で表現の精度が高い分、わずかな仕様変更でも処理の負荷や体験の安定性に影響が出やすく、調整にはかなりの神経を使いました。
公開されている情報も英語が中心で、気軽に質問できる開発者コミュニティもまだ整っていなくて。そうした状況もあり、従来のVR機器とは前提が異なる部分も多く、試行錯誤を繰り返しましたね。
―特にこだわったポイントはどこでしょうか。
飯田:
ひとつは、シャボン玉の表現です。揺らぎや浮遊感をどう出すかによって、没入感が大きく変わります。
もうひとつは、移動時の違和感をなくすこと。AVPは右目と左目で異なる処理を行うため、立体的な表現を自然に見せる調整が難しく、ここは特に時間をかけました。
一気にワープせず、あえて移動のプロセスを残す表現も独自性として大切にしています。

宮井:ではインタビュアーの方、ぜひ体感しませんか?

―実際に体験してみると、没入感が非常に高く、現実とバーチャルの境目が分からなくなる感覚がありました。こうした体験は、どのような工夫から生まれているのでしょうか。
飯田:
体験のしやすさを高めるために、AVPを装着すれば操作をしなくても自然に始まる設計にしています。
視線を向けるだけでシャボン玉が近づき、そのまま次の空間へ移動できるので、初めての方でも直感的に楽しめるようになっています。
―今回は「月面」「夢の国」「神社」という3つのワールドを体験しましたが、それぞれ印象が大きく異なりました。
宮井:
3つのワールドでは、絵のテイストだけでなく音楽もすべて独自に設計し、体験の差がはっきり伝わるようにしています。空間ごとの違いがしっかり伝わることで「次はどんな場所なんだろう」という期待感を持って移動してもらえるように意識しました。
この部分は協業したクリエイターの方々からの提案も多く、私たちにとっても学びの多い取り組みでした。
―個人的には、神社のワールドが印象的でした。
宮井:
神社のワールドでは、思わず参拝しようとする方が多かったですね。体験する方の体が自然と動いてしまう様子を見て、空間としてのリアリティや没入度の高さを実感しました。
そうした皆さんの行動を含め、今後も受け止められる表現や体験のバリエーションをさらに広げていきたいと考えています。

大井:
こうやって初見の方に体感いただくと、展示当日の嬉しい気持ちを思い出しますね。体感ありがとうございました。
―サテライト展示を終えて、現在の率直な感想をお聞かせください。
飯田:
開始して15分でチケットが完売するほど反響があり、「一、二を争うくらい面白かった」「万博でもっとも印象に残った体験コンテンツ」といった声をいただけたのが本当に嬉しかったですね。
このような大きな展示の場で、自分が本当に好きなVRの技術を使い、多くの方に体験していただけたことが大きな自信につながりました。

大井:
万博という性質上、プレッシャーも感じていましたが、アンケート結果からは高い満足度がうかがえて安心しました。
一般向けのイベントだったため私の家族も参加でき、自分の仕事を身内に理解してもらう貴重な機会にもなりました。
―最後に、今回の展示を通して伝えたいことがあれば教えてください。
宮井:
バブルリンクを通して、デンソーが、未来のテーマへ挑戦する姿勢を明確に示すことができたのではないかと考えています。
飯田:
年齢や立場を問わずさまざまな方に楽しんでいただけたことで、バーチャルの移動体験にまだまだ未知の可能性を感じています。
今回の経験を通して、「VRや新しい技術をより多くの人に届けていきたい」という想いがより強くなりました。
大井:
デンソーには、分野を越えて挑戦できる土壌があることを改めて実感しました。
今回のサテライト展示は、移動の未来を考えるための出発点のひとつ。こうした挑戦を積み重ねながら「移動とは何か」を再考していくことが、今後のモビリティのあり方につながっていくと確信しています。

Member
Creative Direction: Chihiro Miyai
Designer: Ayako Yoshida
Research Lead: Akihiro Ohi
Program Lead: Kosei Iida
Project Lead: Tatsuyoshi Kano
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