大学院1年生の11月ごろ、幼馴染のかなこから北海道旅行に誘われました。かなこは5歳からの友人で、付き合いは当時でも17年くらいになります。学校が同じだったのは中学まででしたが、一緒にいる時間が減っても距離感がかわらない貴重な友人です。
滞在先のホテルでだらだらしているときに、「ずっと計画してたケーキ屋さんをつくりたいから、協力してほしい」という話を持ち掛けてもらいました。以前からケーキ屋さん計画の話は聞いていたので、驚きはしませんでしたが、とうとうそのタイミングが来たのか!という気持ちで、わくわくしました。昔から、そういう企画事が大好きだった私たちは旅行中にどんな商品がいいのか、どんなブランドにしたいのかなど、話を膨らませていきました。ここから、私のケーキデザイナーの道が始まりました。
私がデザイナーとして入っていたケーキ屋さんPatisserieATOMの運営メンバーは3人で、さきほど話に出てきたかなこと、これから登場するみなみちゃんと、私です。
最初の製品企画会議で、みなみちゃんと出会いました。彼女はもともとパティシエとして働いていて、かなこの高校時代の同級生です。PatisserieATOMではケーキのレシピ開発と製造を担当してくれていました。
かなこが経営を、みなみちゃんが製造を、わたしがデザインを、という一人一役の3人組です。
とは言っても、完全に分業している感じではなくて、新作ケーキのアイデア出しの部分は三人で相談して進めていくなど、少ない人数だからこそ柔軟に動いて足りない部分を補い合って進めていきました。振り返ってみると、とても相性の良い3人だったと思います。
もともとの依頼としては、ケーキの外観やパッケージの制作でしたが、ケーキをデザインすると言っても、いきなり何もないところから形を考えるのが難しかったので、まずは、ブランドのイメージづくりから始めました。私達のブランドが提供したいものって、お菓子そのものじゃなくて「自分を大切にする時間」「大切な人との温かい時間」だよね、みたいなところから話を膨らませて、ブランドイメージを固めて、ケーキひとつひとつのコンセプト、そして色・形に落とし込んでいきました。
ケーキのプロダクトデザイン(?)はやっぱり、工業デザインとは考え方から全然違って、なかなかうまく行かず、最初は思った通りの形や色にならないのが当たり前、という感じでした。特に私達が作っていたケーキは、ネット販売のため冷凍配送を前提としており、冷凍/解凍/配達の過程で味や見た目が落ちるような食品は使えないという制約もありました。また、コストの面も考えなければいけません。その中で、何度も何度もメンバーですり合わせとやり直しを重ねて、ようやく納得のいくケーキが出来上がります。一緒に試行錯誤してくれた二人には本当に感謝しています。
最初のケーキは「あなたの時間が溢れ出す」というコンセプトワードをつくって、真っ白な外観のケーキを作りました。この真っ白さで、作られた美しさ=取り繕った自分、のようなものを表現したかったんです。そのために、とにかく白くすることで食べ物としての違和感を作ろうとしました。でもやはり食品なので、なかなか真っ白にはならないんですよね。だからと言っておいしくないのも嫌ですし。ただ、この無機質感の演出にはこだわりたかったので、いかに白くするか、白く見せるかというところを限界までつめていきました。そしてケーキを割ると、とろっと鮮やかな色=自分らしさ、が流れ出してくる。このコントラストを作るが本当に大変でした。でも、私はこうしたいああしたいと言っていただけなので、実際苦労したのはみなみちゃんやかなこの方ですね(笑)
ビジュアルは一瞬でいろんなことを伝えてくれます。
記憶に残りつつ、ブランドのイメージを一瞬で伝えるビジュアルづくりにはかなり時間をかけていました。まずは、世界観の要素となるような画像をたくさん集めてイメージを膨らまし、メインとなるカラーを決めていきます。そこから、花や小物などの小道具の配置、写真としての構図などを詰めていきます。暑い季節だとケーキもすぐに崩れてきてしまうので、撮影の時間は限られています。撮影用にできるだけ崩れない材料で被写体ケーキを作ってもらったり、必要なアングルや撮影順の段どりをしたりなども大切です。私が愛知に引っ越してきてからは、かなこが撮影をしてくれたのですが、その時にはリモートで撮影指示を出すこともありました。「後ろの草をすこし左に動かして!」といったような位置調整をPC画面越しにお願いしていました(笑)
ブラックシリーズでは、晩酌とともに嗜むケーキを提案したかったので、全体的に暗めのトーンで統一し、コントラストも強く出るような写真にしました。季節限定のケーキを出す際にも、季節ごとのイメージやケーキ一つ一つのコンセプトに合わせてセットを用意しています。
前半でお話したように、私達のブランドが提供したい価値は、「自分を大切にする時間」つまり「忙しい毎日の中でほっと一息つく時間」でした。そのライフスタイルの発信の一つとしてラジオ配信を行っていました。毎週水曜日21時から約30分間かけて、雑談をしながら自分時間の準備をする配信です。自分時間の準備というのは、大したことではなくて、コンビニスイーツでもちょっと可愛いお皿に盛ってみるとか、いつもの電気じゃなくていい感じの間接照明やキャンドルで落ち着く空間を作るとか、いつもは着ない少しお高めの部屋着を着るとかそんなちょっとしたことです。30分ほど雑談した後は、10分間BGMだけの時間を用意しており、そこで各自その日用意したスイーツやアイテムで自分時間を楽しんでもらう、という時間割になっています。(話が盛り上がると平気で時間は大幅延長します。)
ラジオというツールを選んだのは、映像だと一緒に作業するというコンセプトに対して適切ではないし、テキストや写真だとリアルタイム性や温かみがなくなってしまうという理由からです。
この活動を通して、知り合った他の配信者さんや、毎週来てくれるリスナーさん、懐かしい友達などいろんな人と接点をもつことができてすごく楽しかったです。
また自分たちとしても、私達のやりたいことってこれだよねっていうのを毎週の配信を通して確認し合って、自分たち自身がその価値を身をもって体験する、ということは商品の売り手としてすごく説得力になるんじゃないかなと思いました。自分がやっていないのに、「自分を大切にする時間を持ちましょう」とか言っても、なんか気持ち悪いですよね。
PatisserieATOMは昨年、いろんな事情で閉店することになってしまったのですが、ラジオを初めてから閉店まで半年くらいほぼ毎週欠かさず配信を続けられたのは良かったです。
この活動全体を通して言えることですが、デザインの決定権がほぼ全部自分にあるというのは、非常にやりがいがある一方で、怖いときもありました。本当にこのかたちがベストか?このレイアウトださくないか?デザイナーの立場でできることは他にないか?と自分だけで考えているとどんどんわからなくなっていきます(笑)それでも締め切りは来るので、出すんですけど、やっぱりやり直したくなったりして...
この活動を通して、すこし度胸がついたというか、人前に自分のデザインを出すことに慣れたという点で、一回り成長できた気がします。改めて、こんな貴重な経験を共にさせてくれた二人に感謝です。
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