移動の幸福研究2025.06.02

デンソーは多様な価値観・幸福感に応える「幸福循環社会」をビジョンとして掲げており、それを実現するためDENSO DEISGNは様々な研究に取り組んでいます。 その活動のひとつとして、私たちは「移動」と「幸福」の関係に着目し、実験を通じた検証とプロトタイプ開発に取り組みました。本記事では、その試みと実装までのプロセスをご紹介します。

幸福研究から生まれた「メガネ機能」

DENSO DESIGNでは、「幸福とは何か?」という問いに向き合い、研究とデザインを通じて日々探究を続けています。以前公開した未来の幸福サービスを描いたマンガは、この活動の一環です。今回はそのマンガで描いたアイデアをベースに、新しい「移動の楽しみ方」を提案する実験的なサービスを開発しました。

「他人の靴を履いてみる」という英語の慣用句があります。この慣用句で言われているような他人の視点に立つことで新しい発見が得られる、という考えが今回のサービスの出発点です。移動や街歩きをする際、自分の興味関心に沿ったスポットだけでなく、他の人が良いと感じた場所を辿ってみたら、新しい世界に気づき、それに夢中になり、幸せになれるのではないか。 そうした仮説のもと、他人の視点で街を体験するマンガを制作しました。今回、マンガで描いたサービスを実現するため、スマートフォンアプリでのプロトタイプ開発をスタートさせました。

他人が何に関心を持っているかを表示することで、移動が楽しくなる(右上から左下に向かって読んでください)

まず考えたのは、マンガで描かれた「他人の視点で街を見てみる」体験を、スマートフォン上でどう再現できるかという点でした。
ヒントになったのは、他の人のショッピングサイトや動画サイトを見ると、自分では見つけられなかった面白い、新しい世界の情報に出会えるという経験です。マップサービスでもそういった機能があれば、「他人の視点で街を見る」ことができるのではないかと考えました。

開発したマップアプリでは、他のユーザを選択しそのユーザ向けのおすすめスポットを見ながら移動することで、自分向けのレコメンドでは表示されないような新しいスポットを発見することができます。この新機能は「メガネ機能」と名付けられました。「他人の靴を履いてみる」のではなく、「他人のメガネ越しに街を見てみる」体験を提供する機能です。このアプリを使うことで、自分より10歳以上年齢が離れていて、趣味も全く異なる方が、同じ街の中でどこに行っているのかに気づくことができます。メガネ機能は現在、特許出願中です。

本アプリは、目的地レコメンドサービス「NOSPOT」を開発している株式会社New Ordinary様と連携し開発を行いました。

アプリの機能イメージ

個性的なマップ制作

漫画で描いた体験のもう一つの特徴は、一般的な地図には載っていない、ユニークで個人的なスポットに気づける点です。そういったスポットを収集するため、WebメディアのデイリーポータルZ様へ協力を依頼し、「してんマップ」というサービスを開発しました。してんマップは、自分だけのお気に入りスポットを投稿・共有できるマップサービスで、他人の「してん」を通して、見慣れた風景が違って見えることを目指しています。

してんマップで様々なユーザからのスポットの投稿を集めると共に、編集長・林雄司様をはじめとしたライターの皆様と共に実際に街歩きを行い、それぞれのライターの独自の、面白い視点のスポット情報を集め、してんマップに投稿していきました。その様子は、デイリーポータルZ様の方で記事になっています。

また、デイリーポータルZ様だけでなく、今回の実験地である岡崎市の地元メディアとも連携し、地元の方の目線ならではの多くのスポットを収集しました。
実際にアプリに掲載されたスポットの内、個人的に特に面白いと思ったものを下記で紹介します。
これ以外にもたくさんあるので、是非、記事やサイトを見てみてください。

不思議な見え方の橋桁
「ライオン錠」の写真を集めているライター様が見つけた公園の柵

岡崎市での実証実験

開発したアプリを用い、岡崎市役所様のご協力の元、100人のモニターを対象に3か月間の実証実験を実施しました。岡崎市を実証実験の地として選んだのは、歴史・ジャズ・スポーツチーム・オシャレな個人商店など、多面的な魅力があり、メガネ機能が生きる街だと感じたためです。
実験では、アプリを通して、他人の視点で街を楽しむ体験を提供し、その前後で幸福度の変化も調査しました。
結果、「普段から他の人に関心や愛着を持っている人」の幸福度が向上するという興味深いデータが得られました。メガネ機能は、「他の人が何をみているのか?」という関心が発想の根幹にあるため、狙い通りの結果と言えそうです。
また、メガネ機能を多く使うユーザは、移動距離や移動回数が向上することも明らかになりました。

今回の実験では、ユーザーはマップを見るだけでなく、自身のおすすめスポットを「してんマップ」に投稿することもできました。多くのスポットを投稿してくださったユーザーに対しては、投稿の動機に関するインタビューも実施しました。
「なぜ、自分が楽しい/良いと感じたことを他者と共有しようとするのか?」
この問いを通じて、幸福がどのように人から人へ伝播し、循環するのか...、その仕組みの一端を探ることができました。現在、このインタビュー結果は「幸福循環メカニズム」として整理を進めており、後日このサイトを通じて公開予定です。ぜひご覧ください。

今後の展望

本実験の期間中、私自身も外出先でこのアプリを使って新しいスポットを探していました。自ら企画・開発したサービスでありながら、気づけば夢中になって使い続けていたのです。その体験を通じて、たとえ長年暮らしている地域であっても、まだまだ知らない場所や面白い発見があり、移動には大きな喜びがあることを改めて実感しました。
誰かのメガネを借りることで、街の魅力を再発見し、自分自身の幸せに繋がる。そんなサービスとして今後も発展させていけるよう、取り組みを続けていきたいと思います。

岡崎市のお気に入りの場所がたくさんできました