[出張​報告​]Ars Electronica Festival 2025 視察2026.04.03

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2025年9月、オーストリアのリンツで開催された世界最大級のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」に、市村と舛田が訪問しました。

1979年から続くこの国際芸術祭には、アート、テクノロジー、社会の未来を探求するプラットフォームとして世界中からクリエイターが集まります。

2025年のテーマは「PANIC yes/no」。エネルギー価格の高騰や気候危機、テクノロジーの急速な進展など、社会に広がる不安や緊張感を「PANIC」という言葉に反映させ、「yes」か「no」か、観客一人ひとりに当事者として問いかける意図が込められています。

今回は、テクノロジーとアートが交差するこの場所で、私たちが体験した展示や現地で感じた空気感をレポートします。

現地の様子と空気感

市村: 私たちの欧州リサーチは、このアルスエレクトロニカと、その後に訪れたヴェネチア・ビエンナーレの二つの大きなイベントを体験する旅がメインでした。
アルスエレクトロニカが開催されるリンツは、オーストリア第3の都市で、工業都市として発展してきた歴史があります。

舛田: 観光資源が多い街ではないからこそ、40年以上も前からアートとテクノロジーを融合させたアルスエレクトロニカを開催し、都市の個性と発信力を築いてきたという背景が興味深いですよね。

市村: フェスティバルの期間中、街全体がイベントを受け入れている姿勢も感じられました。
街の至るところに今年のテーマ「PANIC」の文字がデザインされた看板やポスターが掲げられていて、その熱気が伝わってきます。

舛田: メイン会場の「POST CITY(ポスト・シティ)」は、かつて郵便局として使われていた歴史的建造物だったそうですね。その工業的で無機質な空間のなかに、最先端のテクノロジーアートが展示されていて、強いコントラストを生み出していました。

入り口には「PANIC yes/no」と大きく印字された真っ赤なフラッグが掲げられていて、会場に入る前から高揚感が湧き上がってきましたね。

展示の構成と受賞作品

舛田: アルスエレクトロニカはヴェネチア・ビエンナーレ(建築展)と比べると、より多様な視点かつカオスな作品が多いのも特徴的に感じました。

展示はフロアごとにジャンルが分かれていて、AIやバイオテクノロジー、気候変動、ジェンダー、戦争と平和、民主主義といった社会課題と結びついたテーマ性の強い作品が数多く並んでいましたね。

市村: 人工生命・知能部門でゴールデン・ニカ(最優秀賞)を受賞したラマ型ロボット「Guanaquerx(グアナケルクス)」が、アルスエレクトロニカらしい象徴的な作品に感じました。

舛田: 「グアナケルクス」は、竹で組まれたラマ型の探査ローバー(ロボット車両)が伝統織物の旗を掲げ、アーティスト、科学者、地元住民、ロバたちと共にアンデス山脈を横断するという長期プロジェクトです。

市村: ロボットやAIなどテクノロジーを人間による搾取の道具としてではなく、惑星規模で「共に戦う同志」として再定義しようというメッセージが強く伝わってきました。
単なる技術力のアピールではなく、現地の知識や文化、コミュニティと協力しながらテクノロジーの倫理的な役割について問いかける姿勢が印象的でした。

舛田: 地元の人やアーティスト、エンジニアが協力し合い、その土地の文化やコミュニティと共に取り組む共創の姿勢が世界的な評価を受けたという点も、現代社会におけるテクノロジーとアートの方向性を示しているように感じました。

個人的に面白かった体験

市村: 個人的に面白かったのは、やはりテクノロジーによって「生命観」や「感覚」を揺さぶるような作品です。
たとえば、「ロボットでできたススキ」の作品。ススキの穂のようなフォルムのロボットが、火星の風のデータをリアルタイムで読み取って揺れていて、まるでススキが火星の風で呼吸しているように見えました。

近づくと反応が変わるのですが、機械なのに生き物のような存在感があり「これは人工物なのか、生物なのか?」と深く考えさせられました。

市村: もう一つ、日本人アーティストのevalaさんの没入型サウンド・インスタレーションも印象的でした。

真っ暗な箱のような空間に入り、視覚を完全に閉ざした状態で音だけを体験する作品です。指向性スピーカーを使っていて、音によっては耳元から、あるいは足元から聞こえてくるなど、音が空間を移動しているように感じられます。
風や波の音など、誰もが知っている音なのに暗闇のなかで聞いていると空間の把握すら曖昧になって、聴覚が研ぎ澄まされていく不思議な体験でした。

写真は撮れなかったので、下記のリンクから作品の詳細をご覧ください。

舛田: 僕が興味深いと思ったのは「民主主義ピンポンゲーム」です。これは卓球に似た4人対戦のゲームですが、プレイヤーの片方にしか選択権が与えられないという構造になっています。

民主主義の名の下に存在する偏りや構造的な不均衡を、ゲームという身近な形で鑑賞者に体感させるというアイデアが斬新でした。選択する側に力が集中する構図がリアルで、ゲームとしての完成度も高かったです。

印象に残った風景や作品

市村: アルスエレクトロニカの期間中、リンツの教会で行われた前夜祭の音楽イベントにも参加しました。この教会は収容人数が千人ほど入るかなり規模の大きい建物ですが、会場の椅子が足りず、床に寝転んで聴く人や立ち見の人もいるほど盛況でした。

今年はステージでの演奏は説明もなく突然始まり、数時間続くという自由なスタイルでした。神聖な空間でありながら、海外からの参加者も地元のリンツ市民も一堂に会して、その年のテーマに沿った音楽を楽しむという一体感に感動しました。

舛田:スペースXのロケット打ち上げ音を使ったサウンド・インスタレーションが強く印象に残っています。
モニターで牡蠣の養殖をドキュメンタリーのように映し、その両サイドからロケットが発射するときの轟音が響きます。強烈な音響が生物にネガティブな影響を及ぼすという示唆があり、宇宙への憧れやテクノロジーの背景にある影響について考えさせられる作品でした。

アルスエレクトロニカの振り返りと気づき

市村:難解に感じる展示も多かったですが、AIや気候変動など現代的な課題を通して、テクノロジーの未来を考える良いきっかけになりました。

舛田:僕はアルスエレクトロニカは3回目の参加ですが、今回のフェスティバルでは作品が投げかける問いを自分なりに思索することが大切にされていたように感じます。

市村:教会のイベントでは寝転がって鑑賞する人もいて、会場の使い方も自由でしたよね。「こう観なきゃいけない」といった制約がなく、自分のペースで向き合うことが自然と許されていた印象です。

舛田:フェスティバルという誰もが参加できる場であると同時に、共に創り上げるプラットフォームになっているのが特徴的です。現代のような不確実な社会のなかで、テクノロジーやアートを通じて未来を考え、対話をする場があること自体が貴重ですし、こうした活動を続けていることに意味があると感じています。

市村:リンツは、普段は観光客が多くない工業都市という背景があるからこそ、「未来をつくるフェスティバル」としてアートやテクノロジーで人を呼び込む独自の方向性が育ってきたのかなと思います。
単なるアートイベントというより、テクノロジーと社会をつなぐ場になっていて、来場者がそれぞれ何かを持ち帰れるようなプラットフォームとして機能していることに改めて価値を感じました。